| ■名古屋城は名古屋の象徴 |
| 1610年(慶長15年)、徳川家康の命によって築かれた名古屋城は本丸・二の丸・西の丸・三の丸・御深井丸の五郭から形成構成され、その規模、荘厳さはまさに名古屋の象徴いえる天下の名城でありました。 |
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| ■近世文化の殿堂・名古屋城本丸御殿 |
| 尾張徳川初代藩主・義直公と春姫との婚儀にあわせるように創建された本丸御殿は近世武家文化を象徴する正統的な書院建築であり、内部には狩野派の手による2,000点あまりの障壁画に埋め尽くされた、まさに木造建築の極致ともいえる建築物でした。 |
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| ■名古屋城はまだ不完全 |
| 50年前の空襲で焼失してしまった名古屋城は、昭和34年に市民の願いを受け、ひとまず「武」のシンボルである天守閣だけが再建されましたが、「文」象徴であった本丸御殿はいまだ礎石のままです。名古屋城の威容を知るには本丸御殿の再建がどうしても必要です。 |
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| ■ 本丸御殿の再建は急務 |
幸いにも戦火を免れた1049点の障壁画が国の重要文化財として現存しています。また、昭和7年からの詳細な実測調査のおかげで建物の再建はいつでも可能な状況です。
しかし、再建にはそれに必要な人・技術・資材の確保が大きな課題となります。
伝統技術社の高齢化、素材の枯渇を考えると、今が再建実現するぎりぎりの時期といえます。 |
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| 日本近世文化の殿堂としての歴史文化環境を名古屋が世界に提供できる一大事業である。 |
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