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本丸御殿の変遷
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本丸御殿の成立
nn@honmaru.info
■本丸御殿の変遷■

●江戸時代
名古屋城本丸御殿は、慶長17年(1612年)5月頃建築に着手し、慶長20年(1615年)2月に完成した書院造りの建物です。当初は、藩主義直の住居・政庁として使用されました。その後、藩主義直が新しく建てられた二之丸御殿に住まいを移したため、以降は将軍の上洛の際の宿舎として使用されました。

三代将軍家光の上洛〔寛永11年(1634年)に合わせて増・改修し、新たに御成書院(上洛殿)や御湯殿などが造られました。創建時、主な殿舎の屋根は柿葺(こけらぶき)でしたが、享保13年(1728年)に桟瓦(さんがわら)葺に改められました。
●明治時代
明治5年(1872年)から東京鎮台第三分営(名古屋鎮台)本部の建物として使用されました。明治時代には、玄関の車寄せや上洛殿の屋根が銅瓦葺に改められました。
▲上洛殿 上段之間 (戦災焼失前)
●昭和時代
昭和5年(1930年)12月に名古屋離宮が廃止、12月11日に名古屋市に下賜され、12月13日には国宝として指定を受け、昭和6年12月から一般公開されました。また、昭和7年12月には、名古屋城が史跡の指定を受けています。

なお御殿内の襖絵などの障壁画345面(天井絵を除く大部分の絵)は、昭和17年6月に国宝の指定を受けました。昭和20年5月14日、戦災で約3000平方メートル(千坪)に及ぶ建物は天守閣などと共に焼失しましたが、取り外しできた襖などは別の場所に移されており無事でした。
▲玄関 及び車寄せ(戦災焼失前)
その後、文化財保護に関係する法制度の改正により、これらの襖などに書かれた1047面(天井板絵を含む) の障壁画は、改めて国の重要文化財に指定されています。

 
▲諦観図(明弁詐書)上洛殿一之間(重要文化財)